『格闘技と、酪農と』

森林ノ牛飼い、斎野です。
シュートボクシングという格闘技があります。

創立は1985年。既に30年の歴史を重ねた老舗団体ではありますが、格闘技界ではまだまだ新興勢力と言えます。キックボクシングに、立った状態からの投げ技や関節技を加え、立ち技総合格闘技を目指した競技です。

学生時代、フルコンタクト空手の道場に通っていた私は、このシュートボクシングに憧れていました。いつかこの競技でプロのリングに立ってみたいと、密かな野望を抱いていたのものです。まあ、私の野望が実現する事は遂にありませんでしたが、黎明期のシュートボクシングには、多くの人を惹きつける魅力がありました。

私も何度か後楽園ホールに足を運んで観戦しましたが、とにかく従来の格闘技の興行とは違ってオシャレな雰囲気で、ルールも分かりやすく、スマートな印象を持ちました。

ただ、当時のシュートボクシングには、違和感も同居していました。
それは、シュートボクシングの創始者であり、メインイベンターでもあったシーザー武志のファイトスタイルによります。

若手選手は投げ技、関節技にも積極的にトライし、シュートボクシングという競技スタイルを確立しようと必死になっている。かたやシーザー武志のスタイルは、どこからどう見ても、キックボクシングそのものだったのです。

シーザー武志は、確かに強かった。
堅実かつ説得力十分の試合運びで、連戦連勝。
不動のメインイベンターでした。

しかし残念ながら、長年培ってきたキックボクサーとしての枠を、壊すことが出来なかった。

これはもちろん、シーザー本人も自覚していて、自分が現役の間は、シュートボクシングは完成しない、と公言。早く自分に変わるメインイベンターを育て上げて引退したいと、常々発言していました。

シーザーは、いつ引退したのだろう。

社会に出てからシュートボクシングとの繋がりが無くなってしまった私は、実は知らないのです。でもシーザー引退後もこうしてシュートボクシングという競技が長く存続しているという事は、シーザーは人材育成にも優れた手腕があった、という事でしょう。

さて。
ここで話は、牧場に飛びます。

もちろん私には、シーザー武志のような人気も実力も知名度もありませんが、現役時代のシュートボクサー・シーザー武志の気持ちが、最近ちょっぴり分かるような気がするのです。

私自身は、牛舎飼いの酪農に長年従事してきました。
なので私の持っている知識や技術は、牛舎飼いをベースにしています。残念ながらそれらは私の思考にも体にも完全に染み込んでいて、その枠を壊すことが出来ない。

そう、私が森林ノ牛飼いの中心にいては、いつまでたっても放牧酪農、森林酪農は完成しないのです。

 

早く私に代わる牛飼い担当者を育てて、私は脇役に回らないと。ま、私の場合、引退しちゃうと生活に困るので、とりあえず脇役には置いといて頂きたいのですが・・・。

森林酪農の技術を確立するのは、私の役割ではありません。
それは、次の世代の仕事。
私はそれまでの、繋ぎ役に過ぎません。

若い人達に言いたいのは、人の指示で仕事をしていたって、つまらないでしょ?ってこと。

そりゃあ会社の一員だから、全く自由にはならないけれど、それでも自分で考えて、組み立てて、動いて、そして成果が出て。失敗もたくさんするけれど、それをまた糧にして。そうやってやるからこそ、仕事は面白んだもの。

一歩前に、踏み出しましょうよ。

あ、若者にばかり、丸投げしてしまってはいけませんね。
果たして私に、人を育てる力量があるのか?
そこが問題でしょ。

シーザー武志を見習って、頑張ります~。

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